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第1話 知的財産ことはじめ

 「これ、発明しました!」

 そう言って発明品を持ってこられることがあります。 発明者はとてもうれしそうです。 まだ世の中に出ていない、まったく新しい発明を最初に見せてもらえる弁理士という仕事をしていると、 発明が完成した喜びのおすそわけをいただいているようで、本当にありがたいことだと思います。

 「へえ!おもしろそうですね!こっちの、この部品が発明なのですか?」
 「いえいえ、違うんです。その部品は、買ったんですよ。」
 「この下側の、ここのところの部品が新しいのでしょうか。」
 「いいえ。それも別に、よくある部品です。」
 「では、裏面の、この角の形状に特徴があるのでしょうか。」
 「いやあ、その形状は、普通ですねえ。」
 「新しい材質で作られているのでしょうか?」
 「それも普通の、よくあるプラスチックですよ。」

 実際にこのような会話がなされるかどうかはともかく、発明を持ってこられた弁理士は皆、心の中でこのようなことを考えているに違いないと思います。 この発明品、いったい、どこが新しいのだろう。 この発明の工夫は、どこにあるのだろう。

 「これは一体、どこに工夫がされているのですか?」
 「実は、ここです!ここ、こっちの部品とそっちの部品の間に、ばねが2つあるでしょう…」
 「ああ!ばねを使うことが工夫なのですね!」
 「いえ、違うんです!このばねの並べ方に仕掛けがあるんですよ。」

 発明というと、新しい機械や新しい道具や新しい医薬品のようなものを思い描かれるでしょうか。 これまで世の中にはなかったものとはいえ、目に見える、手で触れられるもののように思われるかもしれません。 お店に並んでいる商品に「特許取得!特許第******号」と誇らし気に書かれていることもありますね。 しかし本当は、発明というのは、目に見えるものでも、手で触れられるものでもありません。

 発明というのは、簡単に言えば、工夫です。 不便なことを便利にする、困ったことを解決する、アイデアそのものが発明です。 アイデアには形はありません。 例えば、上の会話にあるように2つのばねをこんな風に並べる、とか、部品の角を丸くする、とか、何℃で処理する、とか …そういうアイデア自体には、形はないのです。

 特許制度は、発明という形のないものを守り、活用するために考え出された、これもひとつの工夫なのです。

 知的財産にはいくつも種類がありますが、この点ではどれも同じです。 つまり、意匠権で保護されるデザインにも、商標権で保護されるブランドにも、著作権で保護される著作物にも、それ自体には、形はないのです。

 意外でしょうか。そうですよね。デザインって、物の形や模様のことではないのでしょうか。著作物は、絵画や彫刻という、まさに形あるもののことではないのでしょうか。

 ところが、違うのです。

 新しい発明をして、その発明を形に表した製品を作ったとしましょう。 その製品を、誰かに勝手に使われたり、盗まれたりしないようにするためには、どうすればよいでしょう。

 しっかり抱えておく。常に目の届くところに置いておく。 金庫にいれて、きっちり鍵を掛けておく。 信用できる人に預ける。 例えばそんなふうにして守ることができます。

 それでは、2つのばねをこんな風に並べる、とか、部品の角を丸くする、とか、何℃で処理する、というような、 工夫、アイデア、ひらめき、そういったもの、つまり発明を誰かにまねされないようにするためには、一体どうすればよいのでしょうか。 アイデア自体を金庫に入れて、鍵を掛けておくなんて、できることではありません。

 デザインも同じことです。すばらしいデザインのコップそのものを盗まれたりしないようにするためには、コップ自体を大切にしまっておけばよいのです。 でも、コップにこんなデザインを施す、というアイデア自体を、鍵のついた食器棚にしまうことはできません。 コップ自体が手に入らなくても、デザインをまねすることはできるのです。

 著作物も同じです。オリジナルの絵画が手に入らなくても、贋作を作ることはできるのです。 小説が印刷された本そのものを大切に、鍵の掛かる書棚にしまっておくことはできても、本に印刷されている小説の内容そのものに鍵をかけることはできないのです。

 形がないというのは、そういうことなのです。

 それでは、形のない発明などの知的財産を、どうやって守ればよいのでしょうか。

 発明を守るために、特許権を取ることができます。 特許権を持っていれば、特許を受けた発明を勝手に使ったり発明品を製造したりする人に、それは特許権の侵害だから止めるようにと警告することができます。 また、既に発明品を販売されてしまった後なら、損害賠償請求をすることもできます。 もちろん、警告するだけでは止めてくれないこともあるかもしれません。 そんなときには、裁判に訴えてでも止めさせることができます。

 形のないものを守る知的財産権は、このように強力な権利なのです。

 ところで、特許権は、同じ権利でも基本的人権などとは違って、誰もが生まれながらに持っているものでもなければ、 発明をしたからといって自然と与えられるものでもありません。 発明をしても、法律に従って手続きをしなければ、特許権をとることはできません。 特許権を取っていなければ、発明を勝手に使われても、特許権侵害だから止めてくれ、と言うこともできません。

 次回は、知的財産の権利化までの流れをご説明しましょう。
弁理士 吉岡 亜紀子
(2011年2月20日)



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